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韓国紙「『偉大な韓民族』を叫ぶ内面には、もしかしたらすさまじい劣等感があるのかもしれない」

1:ななしさん 2019/06/02(日) 23:01:52.60
ハンギョレ新聞(韓国語)

1980年代、大学に通っていた筆者が韓国史、中でも古代史を一生の仕事に選んだ理由は単純だった。中国という巨大な溶鉱炉をすぐそばに置きながら、彼らに同化されず7千万人を越える民族構成員を成し遂げた「韓民族の偉大さ」を研究するためであった。


匈奴、烏桓、鮮卑、柔然、靺鞨、契丹など一時、東北アジアに号令した数多くの種族が結局は中国に吸収・同化され今はその痕跡さえ探すのが難しい状況だが、韓民族はあらゆる危機を克服し現在に至る、というのは明らかに驚異的事件に間違いない。

過去、韓国史研究で民族主義は至高至純であり、ウリ(私達)民族と他の民族の抗争の歴史が対外関係史研究の基調であった。この様な雰囲気で「民族の単血性、純粋さ」に対する疑問は忌避されてきた。

このような認識は南北とも同じだ。北朝鮮学界はもう一歩踏み出してウリ民族が世界で最も優秀だ、という「ウリ民族第一主義」を土台に世界四大文明よりさらに古く優秀な『大同江(テドンガン)文明』が平壌(ピョンヤン)一帯で発展したと主張する。さらに人類の起源はアフリカではなく大同江流域という主張が出てくるに至った。

この過程で平壌にある高句麗の横穴式石室が檀君陵に変貌し、古朝鮮の中心地は始終一貫「民族の聖地」である平壌一帯にあった、という平壌聖地論に発展することになる。北朝鮮学界が主張する壇君陵に檀君が埋葬されている可能性は当然0%だが、私たちの社会の一部は壇君陵を事実と信じたがる。最近ではある元老教授が世界四大文明よりさらに優秀で古い漢江(ハンガン)文明論を主張するのを見れば「ウリ民族第一主義」で南北は異なるところがない。

ウリ民族が他の民族より優秀だ、という主張は言ってみれば他の民族はウリ民族より劣等だ、という論理で、これは弁解の余地のない人種主義の表出だ。

近代に至って帝国主義の侵略を受け、過去の歴史が強制的にひどく歪曲される痛みを体験した私たちの社会は植民史学の克服という大きな課題を抱えることになった。解放後、多くの努力の末、植民史学の弊害はほとんど克服され、日帝官学者などによる誤った主張も順次消滅している。

ウリ民族が宇宙の初めから現在のような姿、すなわち完成された形で登場し、古代にはすでに天山山脈とバイカル湖を含む広大な領土を占めた大帝国であった、という主張の底流には韓民族が特別に優秀だ、という認識が敷かれている。しかし韓民族は特別に醜かったという植民史学の主張と特別に優秀だったという国粋主義的主張は一卵性双生児だ。

この様な無理を犯さなくても今は世界のどこへ行っても私たち民族が見下されることはない。もちろん米国でたびたび人種差別にあうことが報道され、今も日本の市内の真ん中では極右勢力が嫌韓デモを行っている。しかし、この様な集団は少数に過ぎず、批判と克服の対象になるだけだ。むしろ、より良い働き口や人生を求めて大韓民国に来た外国人に対する私たちの差別がもっと深刻かもしれない。

民族の純血性を強調し韓国史の展開を純種韓民族が主体になった民族史に単純化する限り、私たちのそばの外国人を眺める私たちの偏狭さは修正されない。今まで私たちの歴史研究と教育が「偉大な韓民族」のイメージを注入し、周辺の隣人たちに対する憎悪心を植え付ける一助となったのではないか、痛恨の反省をする時だ。ロマンチック民族主義感情を基礎に歴史勉強を始めた筆者もこの批判から自由ではない。大韓民国が本当に偉大な大国になることを希望するなら、隣の多様な集団を包容すべきだ。(中略:アケメネス朝ペルシャの話など)

百済と新羅が韓半島でなく中国や日本にあったという主張もある。ところがこの様な主張の底辺には韓半島で展開した歴史は恥ずかしい歴史、大陸で展開した歴史は誇らしい歴史という倒置された歴史認識がかくれている。植民史学の主張する半島性論の復活だ。偉大な歴史を叫ぶ内面にはもしかしたらすさまじい劣等感が位置しているのかも知れない。

http://www.hani.co.kr/arti/culture/religion/896239.html


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Source: 厳選!韓国情報